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ジジイの生活向上委員会

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昨日の続き^^

今日はなのですが、、、

昨日の中華思想の続きのお話をもう少ししたいと思います。

中国は世界の中心であってこれを支配する王は我々(漢人)である!とこんな感じになるのでしょうか・・・

華北統一を果たし、北魏を興した鮮卑拓跋氏はこの漢人の中に自分達を入れたかったのでしょうね。。。

やがて彼らは自分達の身内を貴族とし、他部族との区別をはかるために元と名乗ります。

元。。。大モンゴルの大帝チンギスもフビライも鮮卑拓跋氏なのですね^^

そして日本にも源氏がありますね!

今日はそのお話です^^


時は、五胡十六国の時代。

五つの涼という国がありました。

ひとつは南涼、鮮卑禿髪氏(せんぴとくはつし)。

ひとつは前涼、漢族の張軌(ちょうき)。

ひとつは後涼、テイ族の呂光(りょこう)。

ひとつは西涼、漢族の李暠(りこう)。

そして北涼、匈奴の沮渠蒙遜(しよきよもうそん)。

この中の南涼の鮮卑禿髪氏。

この氏族は河西地方をその勢力圏に、そして楽都を根拠地に建国します。

五胡十六国の時代を駈け抜けた鮮卑禿髪氏ですが、後秦,北涼,夏,西秦とのはげしい交戦で疲弊してゆき、西秦に滅ぼされると,王子の一人禿髪破羌は北魏に亡命します。

北魏の太武帝は禿髪氏は帝室拓跋氏と源を同じくするというので,破羌に源氏と姓を賜い,名を賀と改めさせたのです。

禿髪氏と拓跋氏はもと同族で,塞外からそれぞれ河西と山西に分離していったという事なのです。

太武帝は「そちたちは、朕と源を同じくする。事に因りて姓を分かつ。今は源氏と為すべし。」と述べたのだとか・・・

つまり、元と源は同族なのだというお話です^^


源義経は元義経だったのか・・・

奥州藤原氏(秀衡)が命をかけても守った義経は、やっぱりチンギスだったのでしょうか・・・?



では(^_^)/
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おっちゃん、こんばんは!
学生の頃、松田聖子の本名が、蒲池法子と知って
ショックを受けた白海です!

夏本番を前に 釣り人のパラダイス(釣り具屋)から
誘惑のDMが届いて心が揺らいでおります・・・(^_^;)




こんばんは^^

白海さんは学生の頃やったのですかあ・・・

オッサンは確か最近だったっス(なんで今頃やねん!)^^;;;

オッサンの所にもDMが届きましたよ(^_^)/現在、釣具ストックが減っていないので、手だしのしようがないですが^^;

実は、ストックしておいた大量のヌカも虫がわいて使えなくなっていて一昨日ゴミに出してしまいました(>_<)

今年は去年より使用量が減ってしまってます。。。

まだこれからという事でわかりませんが^^

ちなみにサビキ用の常温保存のアミエビ(DMにはなかったですが)。これを標準装備していればいいかもなあ~と妄想しております^^

なんでしょうね・・・子供の頃の祭りの縁日のような雰囲気も感じられるこのDM。。。オッサンのハートをわしづかみしております^^


プロフィール

八爺

Author:八爺
59歳になりました。生活不詳、引きこもり、世間の事は何もわかっていない勉強中のジジイです。

我家にやってきた猫のタマの一年と一ヶ月の記録に同じく「台風からの訪問者」はちの成長と釣りとたまに歴史のお話と愚痴を記事にしていきますので、よろしくお願いします^^;

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