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ジジイの生活向上委員会

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海と渡来人。色々・・・

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こんにちは^^ すごしやすい日が続いていますね!とタマも申しておりました(笑)



さて、前回のお話にあった海から来た人達の事について、補足記事を書こうと考えていたのですが・・・

これが中々進まないというか、わからない事が多すぎるのですが・・・

自分の認識の範囲でお話したいと思います(今後さらなる妄想に発展できる期待も込めまして^^)

歴史では海人族と呼ばれる人達ですが、よく出てくる海人族としては安曇や宗像という名前があります。


海人族の渡来は古く、もっとも古い先住民であるだろうとおもうのですが、時系列で沢山の海人族が着たであろう歴史があります。

例えば中国に秦王朝ができた頃に越や呉や楚などの国から迫害を恐れた人達が海を渡ってきた可能性は十分考えられます。つまりは大陸や半島での争乱がきっかけとなって渡来して来た人達ですね^^
徐福も立場は変わりますが、始皇帝を恐れて逃げてきた訳ですね。

またそれより古くアレキサンダーの遠征の時に逃げてきた人達もいます。さらに古くはアッシリアの攻撃から逃れる為に逃げてきたフェニキア人であるとか・・・(ここら辺は妄想かもですが^^;)

現在の所は呉や越から人達が弥生人を形成したという認識になっています。この人達が水田稲作技術をもたらしたのは間違いないと思います。

というような感じでお話が終わってしまいそうになるのですが^^;;;


これは日本の横を流れる黒潮海流が原因です(>_<)

現在でも人工衛星から東南アジアの海岸線を映すとその沖を航行する日本のタンカーの灯火が点々と浮かぶのだそうです。
ペルシャ湾で石油を満載にしたタンカーは燃料消費を軽減する為にこの黒潮海流上を航行して日本に向かうのですが、それが点となって人工衛星から確認できるのだとかです^^

矢切止夫氏の本の中にも何度も登場するこの黒潮海流が、自分の中で固定観念となって、それ以上の妄想の発展ができなくなっていたのです^^;

海人族=黒潮難民の図式ができあがってしまってたのですね。。。

黒潮難民といえば私が高校生の頃のお話になりますが、当時内乱状態にあったカンボジアから漁船(ほんとうに小さい船)に乗った大勢のカンボジアの難民の姿を思い出します。

当時の私は、なぜこんな小さな船が外洋を越えて日本にやってこれるか理解できずにただ驚いていましたが、黒潮海流に乗れば動力を使わなくても人間の早足ぐらいの速度で流れていけるのだそうです。

ただし難民ばかりでなく、積極的に船を使った交易を目的に往来した人達もいます。

中国のユダヤ人と言われ、私の妄想では海の秦氏と思っている^^、この人達は客家と呼ばれる人達です。

現在でも華僑と呼ばれる人達の中には客家の人が多く、政治や経済のリーダ的存在であったり大富豪であったりと商業民族として成功を収めている民族でもあります。

と・・・サクサクのライトにまとめてみました^^

ほとんど妄想の入っていない(というか入る余地が無い><)記事になってしまいましたが、いずれは妄想で固めてしまう所存であります!!




では(^_^)/
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プロフィール

八爺

Author:八爺
59歳になりました。生活不詳、引きこもり、世間の事は何もわかっていない勉強中のジジイです。

我家にやってきた猫のタマの一年と一ヶ月の記録に同じく「台風からの訪問者」はちの成長と釣りとたまに歴史のお話と愚痴を記事にしていきますので、よろしくお願いします^^;

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