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ジジイの生活向上委員会

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鉄と神様の発祥2

いきなりですが、、、
今日、テレビを観ていたら面白い映像があったのです。CNNからの映像でアメリカからのものです。

小さな子供が自転車で遊んでいるところに近所の犬がやってきて、襲い掛かるのですが・・・(>_<)
なんとその子の家の飼い猫が飛んできて、襲い掛かる犬に猛アタックして撃退するという場面です。

尾っぽを膨らまして飛んできたので、最初はタヌキと思ったのですが^^;;;
悲壮な覚悟で突進してきた猫ちゃんでした(驚) 
すごい猫もいるんだなあと感心してしまいました(笑)
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/usa/?id=6116776 ヤフーニュース。URLボタンの調子が悪いので^^;


さて、昨日の続きはヘブライ国(旧イスラエル王国)のお話からですが、ふと思ったのですが、、、

ヘブライ国の存在の証拠になる確信的証拠のようなものって無いのですね。。。
破壊された最初の神殿なんかが出てきたら、また違ったのだろうですが^^;

うーん、妄想史をさらに妄想するオッサンです。。。


それでは始めます!


エジプトを出た民とバビロニアから放浪してきた民。この二つの民によりヘブライ国ができあがります。

ヘブライ国は海人交易族であるフェニキアの外洋交易船を使い南インドとの交易で栄えますが、、、

この二つの民族は信仰する神が違っていた為にやがて仲違いをしてゆきます。

ヒッタイトの民は多神教である太陽神ミトラを。そして、バビロニアから来た民は一神教である唯一神ヤハウェを・・・

唯一神ヤハウェの起源はアメンホテプ4世の作ったアトン神がモデルであったともいわれてましたね。。。

そしてソロモン王(ダビデの子)が亡くなったのを機に、紀元前932年イスラエル国とユダ国(北イスラエルと南イスラエル)に分裂してゆきます。

太陽神を信仰するイスラエル国は、アッシリアの攻撃により紀元前722年に滅びます。

そして国を無くしてしまった民は、アッシリアの砂漠に消えたのだといわれています(失われた10支族)。。。

一方のユダ国は紀元前586年にバビロニアに滅ぼされます。

この時、ユダ王国の人々はバビロンに強制移住させられます。これがバビロンの捕囚として伝わります。

バビロニアが紀元前538年滅びると、ユダ王国の人々は再びカナンの地に戻ることが出来たのだといわれています。

バビロニアはアレキサンダー最後の地でもあります。

アレキサンダーが死に広大なアレキサンダー領は、マケドニア王国、エジプト王国、トラキア王国、パルチア、バクトリアなどに分割してゆくのは前回のアレキサンダーのお話の中にあります^^

この地はエジプトの時代とはまた違ったオリエントの中心として栄えていくのですが・・・

何か運命的なものを感じるのは私だけでしょうか(笑)



一方の北イスラエルの失われた10支族は鉄を使うヒッタイトの民が強く影響していると思われます。

鉄を携えた民族の彷徨です。。。

やがて金属同士が引き付け合うように他民族の中に順応してゆく最初の始まりともいえる出来事が起こります。

遊牧民との順応です。。。

砂漠に消えた彼らは、遊牧民と融合するのはごく自然と思われるのですが、どうでしょう?(妄想はいってますが^^;)

やがて鉄を手に入れた遊牧民は騎馬民族へと姿を変えてゆく。

スキタイと失われた10支族が手を組んだといわれている研究家もいらっしゃるのですからまんざらでもないかもです^^

スキタイは匈奴やその後アジアで暴れまわる騎馬民族の起源ともいわれています。

スキタイは製鉄技術を持つ民族でもあります。スキタイの製鉄技術はアッシリアの捕虜から手に入れ、そのアッシリアは北イスラエルの奴隷(つまりヒッタイト)から手に入れます。

騎馬民族スキタイの製鉄技術の伝承はこのような形になります。

ヒッタイト→ヘブライ(イスラエル)→北イスラエル→アッシリア→スキタイ

歴史の偶然なのか、運命なのか、当時のオリエントも群雄割拠の時代です。

ちなみにスキタイの神はカマドの神様なのだそうです。

日本ではとても身近な神様でもありますね^^

騎馬民族と持ちつ持たれつの関係でユーラシア~アジアまで広範囲に生活圏を作った人達がいて、その一部の人が日本にやって来たと・・・

妄想史は結論づけているのですが、現実はもっとややこしく難解なのだろうと思います。

一方、フェニキアと交易していた人達(ヒッタイト・サカ族?)もいるという事で・・・

彼らも海洋民族として黒潮に乗ったのかもしれません^^

南船北馬の南船の起源がフェニキアである可能性が高いと思っています。

オッサン、実はこの辺の事が詳しく理解できていません(>_<) 後の課題ですね^^

一方の騎馬民族と融合した民族も大陸を東にどんどん勢力を広げてゆきます。

製鉄技術や土木技術を手に入れ、さらに他民族にとけ込んで新たな技術を手に入れながら東に移動してきたのでしょう。

エジプトのピラミッドの建造技術が古代の古墳の技術になり、戦国時代の城の築城の技術へと流れていきます(妄想です)。

そして古代日本へ・・・

怖そうな騎馬民族と頼りになりそうな技術を持った民族。

とっつきにくいけど、けっこう良い人たちじゃないか!っと古代の日本人が思ったかどうかはわかりませんが・・・(爆)

この地でこの地に住む先住民と一緒にせっせと土木工事に励み、同化していき、やがて大陸から(越や呉)、そして半島から(加羅や倭国)の人間も加わり古代日本創世の公共事業と発展していきます(もちろん妄想ですが^^;)。


彼らがいなかったら、近畿は湖泥のままで人の住めないままだったのではないかと思っています。

大和は夢のまた夢だっただろうと・・・

当時、公共工事をやらせたら世界一だったはずの人達ですから^^

日本にある古墳が証明しているように思われます(ホンマかいな!)



さて、東へ東へとここまで駆け足で古代日本までたどり着いたのですが、これらの人達が歴史の中でどのように記述され、歴史の中で存在しているか?の考察をしないといけませんね^^

日本でポピュラーな古代職能集団といえば、秦氏を思い浮かべます。

秦氏については歴史から陰謀史や神社仏閣史にも登場し、はたまた妄想史(私ですね^^;)と色んなサイトで取り上げられ、この瞬間も語られているだろうと思われるほど話題に絶えない氏族です。

私の中の秦氏のイメージは、時空を越える職能集団というか、色んな時代に登場するイメージがあります。

それだけ時代分布が広く、人数も多く、広範囲にわたって渡来してきたのだと思います。

それだけに私の中でも秦氏についてはわからない部分や矛盾してしまって先に進めない部分など、妄想を駆使してもどうにもならない部分もあるのですが^^;

今回はいつもより強引にはめ込み作業をする必要もありかと思います。
その折は提示しますのでよろしくお願いします^^

彼らが日本に来る理由はさまざまであろうと思われますが、ひとつに大陸や半島の事情が大きいであろう事は誰しも考えるのではないでしょうか?

まずは「秦氏とは?」という所からの考察をして、当時の情勢を考えていきたいと思います。




では(^_^)/

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プロフィール

八爺

Author:八爺
59歳になりました。生活不詳、引きこもり、世間の事は何もわかっていない勉強中のジジイです。

我家にやってきた猫のタマの一年と一ヶ月の記録に同じく「台風からの訪問者」はちの成長と釣りとたまに歴史のお話と愚痴を記事にしていきますので、よろしくお願いします^^;

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