FC2ブログ

ジジイの生活向上委員会

Top > 歴史 > アレキサンダー大王の東征の波及が日本まで・・・3

アレキサンダー大王の東征の波及が日本まで・・・3

大坂は暖かい日が続いています。

やばい!!このまま春に突入しそうですぅ~~(>_<)

・・・そんな事はありませんので、必ずまた寒の戻りが入ります(笑)

でも、そろそろスタッドレスから夏タイヤに換えておいた方がいいかな?と思いつつ中々行動に移せない今日この頃です^^;

さて、昨日のお約束でしたアレキサンダー伝説の本題です^^

では、始めたいと思います!!

今日はプルターク英雄伝にあるアレキサンダー大王とカラスにまつわる伝説をお話しましょう^^

まず、お話に出てくるカラスなのですが、カラスは太陽神の使いとして神話によく登場する鳥なのです。

ノアの箱舟にもカラスが登場します。

日本にも八咫烏(ヤタガラス)というカラスが神話に登場しますね。今日はそんなお話をしてゆきます。

まずファラオですが、太陽神アメンの子供を意味します。

ファラオに即位するには、太陽神の息子として認められる必要があります。

そこで、アレキサンダーはリビア砂漠のオアシスにあるシヴァに向かいます。 シヴァにはアメン神殿があり、ここで託宣を受ける必要があったのです。  

しかしながら、途中ですさまじい砂嵐に巻き込まれ、ついにアレキサンダーの一行は道を失い、立ち往生してしまいます・・・  

そこに天空から一羽のカラスが現れ、アレキサンダーをシヴァのオアシスまで導き、無事アメンの託宣を受け、ファラオとして即位できたという事です。  

このように、太陽神、カラス、大王というワンセットの話は、ユーラシア大陸全般に存在しており、アレクサンダー大王の話が各地に伝わったのだと考えられます。

記紀神話において、八咫烏(ヤタガラス)の話がでてくるのは、神武天皇の東征の場面ですね^^

大阪の河内湾に入り現在の東大阪辺りに上陸しますが、先住民の長脛彦の軍と全面戦争になり、退却を余儀なくされます。

そして紀伊半島を回り込み熊野より上陸して大和に向かうことにします。

この時の道案内をしたのが八咫烏です。

八咫烏は太陽神の天照大神が遣わした神で、神武天皇の先導をする役目を帯びていました。 

前日、その事を夢のお告げで聞いていた神武天皇は、八咫烏が天の遣いであることを見抜き、その後をつけてゆき、森を抜ける事に成功し、吉野から大和へと入る事ができたという事です。  



また、神武天皇が大和の宇陀にやってきた時、敵地の土で、御神酒を入れる瓶を作って神々を祀れば、敵が降伏するという夢を見ます。 

これに従い、部下に変装させ、敵地から土をもってこさせ、御神酒の瓶を作ったところ、見事、敵を倒す事が出来ました・・・


一方、アレキサンダーの東征では、ペルシャとの戦いの前日、アレキサンダー大王が同様の夢を見、お告げ通り、大王は変装して敵地に潜入し、こっそり酒杯を盗んできます。

これによってアレキサンダー大王はペルシャ軍を撃破することに成功したという事です・・・^^

さらに、神武天皇は熊野で尻尾の生えた人間に遭遇しますが、アレキサンダー伝説にも尻尾の生えた人間が登場するのです。

どうでしょう?

似ていますね。

この他にもあるのですが、長くなるので後のお楽しみにします^^


さてと、話を戻して・・・


その後アレキサンダーは北上し、バビロン、スーサとペルシャの重要な都市を陥落させてゆきます。

そして紀元前331年、チグリス川上流にあるガウガメラにおいて、ペルシャ征服をかけて、再びダイオレス3世の軍と激突します。

アレキサンダー軍は4万7千。。。

この時のダレイオス軍は20万とも30万とも言われています。

しかし、ダレイオス3世はまたも敗走・・・

マケドニア軍はペルシアの中枢を支配し、さらにダレイオス3世を追撃します。

ところが、ダレイオス3世は家臣によって暗殺され、ついにペルシア征服が達成されます。



そしてこの後も、アレキサンダーは中央アジアのバクトリア、ソグディアナまで侵攻し占領してゆくのです。

と、

私のアレキサンダーのお話は、ソグディアナやバクトリアが核心なのです。

自分の妄想ではアジア史や日本史、またヨーロッパ史の交差点が「ここ」です。

ここは実際に、シルクロードの交差点でもあるのですが・・・

これだけの説明では、まだ、何の事だかさっぱりわからないですね^^;

今回はアレキサンダーのお話でそのきっかけを作ろうという作戦です(笑)

後々詳しくお話しする予定ですが、今回はきっかけぐらいにして^^;


wikiからとった簡単な説明文です(赤文字の所が重要な部分です

ソグディアナ

アケメネス朝時代の紀元前6世紀にはペルシア帝国に併合されてその地方州となった。この時、ソグディアナにアラム文字が持ち込まれ、のちにソグド語がアラム文字で表記されるようになった。アケメネス朝の滅亡後はマケドニア王国のアレクサンドロス大王に征服され、その死後は南に位置するバクトリアの地方州とされた。

内陸アジアの東西交通・南北交通の要衝であることから周辺勢力の侵入が著しく、さらに大月氏、康居、クシャーナ朝、エフタル、突厥など周辺の遊牧国家の支配を受けたり、サーサーン朝のもとでイランの支配に服したりした。住民のソグド人も交通の要衝であることや、強大な遊牧国家の傘下にあることを生かして交易活動に従事するようになり都市文明が繁栄する。

そしてソグド人

中央アジア、ゼラフシャン(ザラフシャン)川流域地方に住んでいたイラン系のオアシス灌漑農耕民族。また、商業を得意とし、あまり定住にこだわらず、シルクロード周辺域で多様な経済活動を行った。近年の研究では、シルクロードを経済的に支配していたと言われている。

居住地であるソグディアナがシルクロードの中間に位置することから、アケメネス朝支配下にあった頃より広く交易に従事し、マケドニアのアレクサンドロス大王の征服、その後のグレコ・バクトリア王国支配下においても、独自のソグド語を守り、ウイグル文字の祖であるソグド文字を利用し、宗教的にはゾロアスター教、のちに一部がマニ教を信奉して、東方のイラン系精神文化を中国にもたらした。その活動範囲は東ローマ帝国から唐の長安にまで及んだ。

ソグディアナとはバクトリアと並ぶゾロアスター教の聖地でもありここに住むソグド人の中心の地でもあったのです。

またバクトリアにはスキタイ系サカ人がいたとも言われています。

ソグド人・・・

活動範囲が東ローマから長安までに及び西洋文明をアジアに持ち込んだ民族の一つとして認識されている事がわかりますね。

ちなみにバクトリアとは前回の歴史話で、前漢の武帝が匈奴対策の為の同盟を結ぼうとして月氏に使者を送り、使者は長い年月をかけてたどり着いた地。。。

これがバクトリアであるとも言われています。

ここでのキーポイントはソグド人とゾロアスター教です^^

では、またアレキサンダーの東征に戻ります!!



ダレイオス3世の死を確認したアレキサンダーは、これ以降公然とペルシャ帝国の後継者を名のる権利を得るのですね。

そしてダレイオス3世の復讐として、暗殺者の追撃を開始することとなります。

暗殺の首謀者ベッソスは自分の支配下であるバクトリア地方へ逃げ込んでいました。

ところが、アレキサンダーの名声は其処此処に轟いていたため、ベッソスは領内で味方の裏切りによって捕獲され、アレキサンダーによって処刑されるのです。

こののちアレキサンダーはソグディアナで運命の人ロクサネに出会うのですが、この後のお話はまた明日にしたいと思います。

今までのお話では、神武の東征とアレキサンダーの東征が同じ部分があり伝承された形跡がわかるわけですが、、、

バクトリアやソグディアナと古代日本の関係は見えてきませんね。。。

古代の高速道路を作った人達とここに居た人達をつなげるには、まだまだ説明しないといけません(笑)

明日は、アレキサンダー最終回であり、ソグディアナ・バクトリアの道筋も少しつけて置かないといけませんね。

頑張らないと^^;


では(^_^)/
関連記事
スポンサーサイト



コメントの投稿

Secret

プロフィール

八爺

Author:八爺
59歳になりました。生活不詳、引きこもり、世間の事は何もわかっていない勉強中のジジイです。

我家にやってきた猫のタマの一年と一ヶ月の記録に同じく「台風からの訪問者」はちの成長と釣りとたまに歴史のお話と愚痴を記事にしていきますので、よろしくお願いします^^;

月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
最新記事
最新コメント
最新トラックバック