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思考の賞味期限と記憶の忘却と

本来、自分への記録用にと始めたブログでありますが、、、

今回のようなアクシデントで自分が体験した事や考えさせられた事を

お伝えする事ができないような時にどのような変化が起こるのか・・・?

日々時間の経過と共に感情も感動も新鮮さをうしない、劣化を繰り返して無感動の原点に帰るという経験でしょうか。

これはまさに人生の縮図(サラリーマン時代の今日の事は今日中に忘れ去るという行為^^;)そのものではないのかと思った次第であります。

会社員であった時、ピンチに陥っても穴に入りたいような状況の時でも

自分の場合、この技術のお蔭でタフにこれた訳ですが(苦笑)

これは技術でもなんでもなく、単なる物忘れが早いという事に帰結したのであるという事実に行き着いてしまった。。。

まあ・・・

早い話が書きたかった事が思い浮かばない(>_<)という事なのです。

すべてを忘却した訳ではないのですが、それが重要な事象であるという認識が時間と共に希薄してしまったのですね。

という訳で、新たな対象について書き綴っていこうと思います。

陰謀論肯定派であり歴史好きであるので、今日は少しそこら辺の事をお付き合い願います。


では、まず最初に・・・歴史マニアの歴史は十人十色であるという事。。。

そして、、、わずかですが歴史の整合性と事実の可能性を追求しようとしている事。。。

あとは、無限大の妄想であるという事・・・^^;


これらを考慮して進めさせていただきます。

東アジアの歴史について

日本を含めて東アジアは二つの勢力のせめぎ合いで成り立つ(南船北馬)

古代より現在も継承されているこの勢力が自分達の生活に大きな影響力を有している。

南は農耕民族(海人族)、北は騎馬民族。

これは以前もお話したと思います。

今回は北方の騎馬民族について、ほんのさわりですがお伝えしたいと思います。

まずは全体像から・・・

元々、古代の日本には牛馬は存在しませんでした。

・・・資料を見ながらではないので多少の間違いはお許しくださいね^^;・・・

牛馬の存在が認められる(古墳等の遺物より)のは4世紀になってからです。

これらは騎馬民族が伝えたものです。つまり渡来したという事になります。

最初に渡来した民族は皆さんがよく聞くシルクロードを通り渡来したと思われます。

交易品の中心は名前の由来にもなっている中国のシルクです。ローマの商人達がこの長い道程を交易をする為に通ったのです。

ただしこの道は行程が過酷で馬賊による盗賊も頻発し安全な道ではなかったようです。

そこで大量に交易品を安全に運べる海の道(海流ルート)も開かれる(昔からあったのですが)ようになります。

そしてもう一つ、シルクロードの北方に黒海からバイカル湖を経由して北京に向かう道が発達します。

これがステップロードと呼ばれる草原の道です。

この草原の道を使った商人達には、チュルク系の騎馬民族が傭兵として同行するのです。

大部分は突厥と呼ばれた騎馬民族であると思われます。

突厥は古代日本に多大な影響を与えたと自分は思っています。

今回はその突厥族についてのお話を^^

元々は、トルファンという場所を中心に暮らしていた遊牧民族です。

突厥は柔然と呼ばれた国に支配され、柔然に従属する鍛鉄奴隷として鉄工に従事します。

やがては柔然を倒して匈奴と肩を並べる広大な国を支配します。

ここら辺の詳しい事はwikiにもありますのでよろしければ見てください^^

彼ら騎馬民族は自分達の歴史を語りません(そもそも歴史書を作らない^^)

そこで彼らが行く先で自分達の領土である石碑を建てます。

その石碑の一部分を紹介します。自分達の縄張りであると記した訳です^^



突厥碑文

われわれは最初7人だった。

そして70人になった、そして1000人になった。

一代にして1万の兵を持つようになった、

その次には10万になった。そして大きな国ができた。


広大な領土を誇った突厥ですが、やがてササン朝ペルシャが現れて、その影響で東西に分割します。

そして、東突厥では商人と突厥族が混血をしたソクゾ系突厥族が現れます。

彼らは中国の唐朝に対して対抗する姿勢を見せてゆきます。

隋書にある遣隋使が伝えたアマタリシヒコの言葉「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや」

これは隋帝に対する挑戦状です。同等の立場で物を言っているわけです^^;


アマの姓を名乗るこの倭王はだれでしょう???

アマは自分の中では天孫族なのですが、、、

彼はまたこうも言います。

以下wikiからの引用です。


俀王は天を以て兄と為し、日を以て弟と為す。

天未(いま)だ明けざる時、出でて政(まつりごと)を聴く跏趺(かふ)して座す。

日出ずれば、すなわち理務を停(とど)めて云う、我が弟に委(ゆだ)ぬと。

高祖曰く、此れ大いに義理なし。是に於て訓(おし)えて之を改めしむ。

引用終わり、


私(倭王)は天を祀り、弟は日(太陽)を祀る。

夜の間は私が政を行ない、夜が明ければ弟に委ねる。という事を伝えています。

これは神への祀る行為だろうと思われます。

二人の王の存在も伺われますが、、、

かふして座すとは、あぐらをかいて座る事です。

倭王は天の神に仕えていたわけです。

ちなみにこの時代の天皇は推古天皇(女王)です。倭王は自分を兄と言っていますよね!そして、弟???

天孫族の神はアマテラス(太陽神)ですよね^^

天孫族は船を使う海人族でもあります。

あぐらをかいて座るのは騎馬族の習慣です。

・・・???・・・

天=北極星(太一)を祀るのも騎馬民族です。

アマタリシヒコが誰であれ、隋帝にこれだけの事が言えるバックボーンを持っていたのは確かです。

半島の倭国の利益も無くしてしまった当時の倭国(九州筑紫)に隋に大してここまで言えるとは思えません。

自分は、遣隋使も遣唐使も中国が日本に対して行なってきた柵幇体制(柔らかな従属関係)の一環であったと思っています。

自分の史観では蘇我馬子とアマタリシヒコが同一人物に思えてくるのですが、それはさて置いて^^

曽我氏は乙巳の変で滅んでしまいます。というか滅んだとされます。

蘇我馬子の墓は石舞台と言われていますが、石室がむき出しの状態で放置されています。

馬子に相当恨みがあるのか、それとも馬子の素性を知られたくなかったのか・・・?

法隆寺や大坂の四天王寺が他所からの移築であるのはご存知でしょうか?

聖徳太子ゆかりの寺社はすべて疑ってかからないといけないかもです^^

やがて日本(倭国も)は滅亡した百済の再建に手を貸す事になり、唐・新羅と白村江で戦いに挑み敗北を喫します。

亡国百済は日本の近江に百済朝を建てるのですが、クーデター(壬申の乱)が起こり、勝者天武天皇が明日香に都を置く事になります。

天皇の称号は天武天皇から生まれます。彼が最初に天皇を名乗ったのです。

騎馬民族の王は可汗と呼ばれます。そして最も偉大な可汗(可汗を治める可汗)を天可汗(テングリ可汗)というそうです。

天武天皇は新羅と深い関係を持った人で天可汗(直系の騎馬民族)とはいえません^^;;;

誰かが彼にこの称号を与えた(若しくは譲った)のだろうと考えます。

謎の人物、アマタリシヒコ王の部族が深く関与しているのでしょう(自分的にはそう信じます)。

神武東征の時、ニギハヤヒの武将長脛彦は北に逃れたとの伝説がありますが、いったい神武東征はいつの話なんだろう?

と、、、

勿体ぶってここまで書いてきたので^^;;;

ようやく前に書いた記事に繋がりそうですので^^;

せっかくここまで読んでいただいた方には

真に、、、

真に恐縮ですが、、、

前に書いた記事のリンクをつけますので、もう一つもよろしくお願いします(^_^)v

アジアの宿命が脱線して妄想話に変わります

※ himariさん、ありがとうございます^^

歴史の話は少しずつ歯抜けの場所を埋めてゆき、一つの物語に完結できたらいいなあと思います。

では、またね(^_^)/
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はじめまして。
リンクの貼り方ですが、、「Fc2リンクの貼り方」で検索すると「FC2ブログの記事内で文章にリンクをつける方法 - ブログが作りたい!」(yahooです)そこをクリックすると分かりやすい説明が書かれてます。私、pcが苦手なのでここを見て、最近自分の記事のリンクがはれるようになったばかりです。
よかったらみてくださいね。(*^_^*)



記事のコメントではなくてすみません。
歴史に詳しいのですね。
私の息子(13歳)は戦国時代が好きで武将には詳しいです。でもそれ以外は。。。(笑)

また、おじゃまします。(*^_^*)

ありがとうございます

himariさん、はじめまして。
良いサイトを教えていただきまして、本当にありがとうございます。
さっそく、頑張ってみたいと思います^^
私も実はさっぱりわからずでして・・・PCというのは。。。
まるで宇宙人との会話のような状態という感じでしょうか^^;

実は歴史も同じでそんなに詳しくないのです(笑)
歴史の著書の拾い読みやネットで研究されている方の所に行っては、拾い読みをさせていただいて、自分の妄想を膨らませているような・・・^^;

でも、史実に繋がる妄想が目指す処です^^
こんな事ばかりの記事ですので関係のない事でもちっともかまいませんので、今後もよろしくお願いします。

ありがとうございます^^













プロフィール

八爺

Author:八爺
59歳になりました。生活不詳、引きこもり、世間の事は何もわかっていない勉強中のジジイです。

我家にやってきた猫のタマの一年と一ヶ月の記録に同じく「台風からの訪問者」はちの成長と釣りとたまに歴史のお話と愚痴を記事にしていきますので、よろしくお願いします^^;

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