FC2ブログ

ジジイの生活向上委員会

Top > 歴史 > 燕は総合カンパニー

燕は総合カンパニー

今回は妄想史、オッサンの先の記事「渡来人往来!!」の続編のような形になります^^

オッサンの妄想史は便秘のウンコ(失礼しました!)を捻りだすような状態でありますが、、、

この原因が「渡来人往来!!」であります^^;;;

自分で記事にしておいて何を今さらではありますが、、、

オッサンのダメージは致命傷でして、何を信じてよいのかさっぱりわからなくなったのが本音であります(アホか!)。

とりあえずど素人の妄想という気軽な観点で進めたいと思います!



では!



「倭は燕に属する」という倭の認識は、北方の燕地を起点としている。

そもそも燕とは秦の始皇帝に滅ぼされた戦国時代中国の燕(鉅燕)から始まります。

「蓋国は鉅燕の南、倭の北にあり。 倭は燕に属す。」とは中国の古書山海経に出てきます。山海経の編集当時、倭は燕の属下であったという事になります。

蓋国の場所が不明ですが、ワイ族の国のどこかではないだろうかと妄想するオッサンです(すんません適当で^^;)。

紀元前108年、漢の武帝が燕の亡命人らの手によって創られた衛満朝鮮をほろぼし、その地に楽浪・真番・臨屯・玄菟の四郡を設けた訳ですが、この衛満も燕を称します。

太守としてこの地を治めていた公孫淵は呉王孫権と手を結び、233年、燕王として立つも魏に滅ぼされるのです。そして倭国大乱へと続きます。

そして同時代の鮮卑慕容氏も燕を称する四つの王朝を建てます。

オッサンの妄想では、これら燕を称する国の共通項は漢の亡命者を積極的に国作りの為に登用した所にあるのではないかと思います。

これは後に楽浪・帯方をその支配下に治めた高句麗にも言える事です。

高句麗もまたこの地にいた漢人を登用する事で技術や制度を発展させた国であったのです。

で、、、

オッサン何が言いたいかと言うとですね、古代日本にも秦氏や漢氏と言われる渡来人が大挙して渡ってくるのですが、、、

この時すでに東アジアではこの素地が出来上がっていたのではないかという事です。

漢氏は現在における総合カンパニーのような存在でとても一氏族としては考えられないのです(秦氏についても言えますが)。

カンパニーであるなら支社(中国・朝鮮半島・日本)はともかくもどこかに本社(日本にあるかもしれませんが)があったと考えるのが妥当と思います。

官僚機構と言わずにカンパニーとしたのは株主(支配者)が存在するのでは?というのがオッサンの妄想です。

この時代の株主は一地域(国)ではなくアジア全体の開拓(支配)を考えたのではないか?

そこに有能な社員を派遣させて、統治システムを構築したのだろうと思います。

遣隋使や遣唐使も彼ら有能な現地社員達の支社間の報告会議も兼ねていたような気がしているオッサンです。


まさに現在もそれが進行している最中なのでは?



ナンチャッテ妄想でしたね^^;;;




では(^_^)/
関連記事
スポンサーサイト



コメントの投稿

Secret

プロフィール

八爺

Author:八爺
59歳になりました。生活不詳、引きこもり、世間の事は何もわかっていない勉強中のジジイです。

我家にやってきた猫のタマの一年と一ヶ月の記録に同じく「台風からの訪問者」はちの成長と釣りとたまに歴史のお話と愚痴を記事にしていきますので、よろしくお願いします^^;

月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
最新記事
最新コメント
最新トラックバック